04, 光寿庵出土瓦(日本遺産構成文化財)
奈良時代の風俗が分かる 光寿庵跡からは、軒丸瓦、軒平瓦及び戯画瓦などの遺物11点が採集されています。 軒丸瓦は、国府町広瀬町石橋廃寺跡出土のものと同様で、奈良時代のものと考えられています。この軒丸瓦は重弁8弁蓮華文で弁の […]
多くの瓦が出土した寺の跡
高山市国府町上広瀬の諏訪神社北方の山中、上広瀬字屋舗一体に光寿庵跡があります。長野県王滝村資料館にある鰐口の銘文に、光寿庵のことであると思われる記載があることから、少なくとも永享8(1436)年まで現存していたと考えられています。
字屋舗では、後世の寺院関係の遺構ともいえる土門や古道が発見されています。光寿庵跡からは、古くは礎石が5つ発見され、軒丸瓦、軒平瓦及び白鳳期の戯画瓦などの遺物が採集されています。
上広瀬地区は、越中街道の西街道と東街道の分岐点にありました。奈良時代、山麓の石橋廃寺跡(広瀬町)は下寺、光寿庵跡は上寺の関係だったと考えられています。
住所 | 岐阜県高山市上広瀬1007 |
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